八代亜紀の若い頃は?「舟歌」や「雨の慕情」などの名曲の数々!「徹子の部屋」での追悼

80年代音楽
NHK厚生文化事業団HPより八代亜紀さんが描いた犬の絵と共に

こんにちはHANAです。

2023年は昭和の音楽界でご活躍をした多くの有名アーティストさんの訃報を耳にして悲しみの1年でした。

2024年1月9日、また訃報が飛び込んできました。

八代亜紀さんが2023年12月30日に73歳でお亡くなりになったとの発表でした。

驚きのニュースでした!

今回は追悼の意を込めて、日本を代表する演歌歌手の八代亜紀さんを偲んでみたいと思います。

八代亜紀の若い頃、ハーフ?とまで言われ美人でかわいい

八代亜紀の若い頃

中学卒業後、数か月ほどの間ではあるが、地元熊本のバス会社のバスガイドとして勤務していました。

TBS「ひるおび」1/10より

「めざまし8」1/10より

わずか15歳で父親の反対を押し切り、上京して、音楽学院に通って基礎を身に着け、3年後銀座のクラブ歌手となり同じクラブにいた五木ひろしさんから芸能プロダクションを紹介され

1971年、21歳のときに「愛は死んでも」でデビュー。

1972年年9月読売テレビのオーディション番組『全日本歌謡選手権』に出場して10週連続勝ち抜きでグランドチャンピオンとなったことで、徐々にレコードが売れ始めました。

八代亜紀の若い頃はハーフ?とまで言われ美人でかわいかった

八代亜紀さんには、「ハーフ」、「ロシアの血が流れている」などという噂がありましたが、やはり噂は噂であって、八代亜紀さんのお父さんは熊本県出身、お母さんは沖縄県出身でで、ともに日本人で八代亜紀さんはハーフではありませんでした。

八代亜紀、「舟歌」や「雨の慕情」名曲の数々

八代亜紀の代表曲「舟歌」

ワイドショーを見ていて初めて知ったのですが、作詞家の阿久悠さんは、美空ひばりさんの為に舟歌を書いていたんだと驚きの事実を知りました。

「ひるおび」1/10より

「舟歌」はこのシーンにピッタリでした!

このシーンは八代亜紀さんが歌う「舟歌」じゃなきゃ成立しなかったですね。

高倉健さんから「あなたの歌は女心を歌っていても不思議に男の気持ちが見えるんです」と言われ、高倉健さんは、八代亜紀さんが無名時代から地方興行の前座に指名するほど彼女の魅力と実力を認めており、この映画の挿入歌が舟歌に決まったのも高倉健さんからの指名だったようです。

舟歌の歌詞

お酒はぬるめの 燗がいい
肴はあぶった イカでいい
女は無口な ひとがいい
灯りはぼんやり 灯りゃいい
しみじみ飲めば しみじみと
想い出だけが 行き過ぎる
涙がポロリと こぼれたら
歌いだすのさ 舟唄を

沖の鴎に深酒させてョ
いとしのあの娘とョ 朝寝する
ダンチョネ

店には飾りがないがいい
窓から港が 見えりゃいい
はやりの歌など なくていい
時々霧笛が 鳴ればいい
ほろほろ飲めば ほろほろと
心がすすり 泣いている
あの頃あの娘を 思ったら
歌いだすのさ 舟唄を

ぽつぽつ飲めば ぽつぽつと
未練が胸に 舞い戻る
夜ふけてさびしく なったなら
歌いだすのさ 舟唄を
ルルル…

引用:八代亜紀「舟歌」楽曲

八代亜紀さんの歌としては初の男歌で、寡黙な男性が一人居酒屋で愛おしい女性のことを想う切ない気持ちを八代亜紀さんの柔らかなハスキーボイスで表しているところが、またグッと聴く者に哀愁を響かせてくる歌です。

『ダンチョネ節』は圧巻ですよね!叙情詩的な歌詞を情景が目に浮かぶよう丁寧に歌い上げ、優しく包み込む中に力強さも備える歌唱、これは八代亜紀さんにしかできないだろうなぁ。

 

八代亜紀「雨の慕情」

かつての恋人への想いを歌ったバラードで、左の手のひらを空に向けるサビの振り付けも話題になり、日本国中のほとんどが知っていた曲です。

1979年の「舟歌」に続き1980年に発売の「雨の慕情」でしたが、八代亜紀さんには発売前から売れる予感があったみたいです。

「両親に曲を聴かせたら、遊んでいた1歳8か月のおいっ子が『アメ、アメ』『アメ、アメ』って。これは大ヒットするなと思いましたね」(八代さん)

引用:2024年1月9日 18時20分スポーツ報知

八代亜紀さんの予感は当たりましたね!

話題のサビの振り付けは、プロ野球の試合中に雨が降ると、選手がベンチから手を出してマネしたほどで、野球中継を見た子供たちに広がり、公園の砂場で遊びながら❝雨雨フレフレ~❞と振り付けしながら歌うなど、老若男女問わず社会現象となっておりました。

八代亜紀、名曲の数々「主な受賞楽曲」

  • 1973年 『なみだ恋』       レコード大賞 歌唱賞
  • 1974年 『愛ひとすじ』      有線大賞グランプリ
  • 1976年 『もう一度逢いたい』   レコード大賞最優秀歌唱賞
  • 1977年 『愛の終着駅』      レコード大賞最優秀歌唱賞
  • 1978年 『故郷へ…』       レコード大賞金賞
  • 1979年 『舟歌』         レコード大賞金賞
  • 1980年 『雨の慕情』       レコード大賞金賞

八代亜紀さんを「徹子の部屋」での追悼

先日(2024年1月10日)、テレビ朝日系「徹子の部屋」は「緊急追悼」として2023年末に急死した歌手の八代亜紀さんの過去に登場したVTRを放送されました。

1982年、当時32歳だった八代亜紀さんは「徹子の部屋」に初登場。

その後も97年、2017年、20年の出演、最後の出演となったのは2023年3月でした。

3月出演したVTRの中の八代亜紀さんは「なみだ恋」をアカペラで披露していました。

黒柳に「今、通過点という感じ?」と尋ねられた八代さんは「そうです。全然、通過点です。まだまだ」とキッパリ。取材で老後について聞かれ、「老後?老後っていつからですか。全然分かりません、老後」と返したことを明かした。黒柳に「当分歌えるのね?」と問われると、「全然、歌えます。100歳でも歌えますから、私」と笑顔で意欲を語っていた。

引用:デイリー配信

3月にこんなに元気だったのに、8月に膠原病の一種で、指定難病の抗MDA5抗体陽性皮膚筋炎を発症し、急速進行性間質性肺炎を併発したため、活動休止を発表。

9月に入院し、闘病生活を送って。

12月30日に死去。

3月の元気な姿からは、あまりにも信じられない出来事です。

 

まとめ

今回、八代亜紀さんをいろいろ調べてみて改めて感じたことは…。

八代亜紀さんの歌声は、力強く伸びやかなハスキーな美声が特徴。

高音から低音まで幅広い音域を自在に操ることができ、ジャンルを超えた幅広い楽曲を歌いこなすことができる点も、八代亜紀さんの魅力の一つでした。

悲しみ、喜び、怒り、愛情など、さまざまな感情を歌声で表現し、聴く人の心を揺さぶる日本の『演歌の女王』だと痛感しました。

まだまだこれからの八代亜紀さんのご活躍を見たかったのですが、彼女が残してくれた歌は私たちの心の中でいつまでも想い出の歌として残っています。

ありがとう!八代亜紀さん、安らかにお眠りください。

再放送のお知らせです!

NHK、八代亜紀さんのデビュー50年特番を2024年1月13日に再放送

2021年に放送された「八代亜紀デビュー50年!名曲だらけの永久保存版!」の再放送

2024年1月13日(土) 午前11時半からBS、BSP4Kでアンコール放送

 

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