中島みゆきの夫、結婚の真相!引退するの? 弟は医者なの?歌姫の素顔と現在

中島みゆき
中島みゆきオフィシャルサイトより

こんにちはHANAです。

18年ぶりに復活!2024年4月6日(土)にスタートしたNHKの【新プロジェクトX】
主題歌を旧シリーズに引き続き、中島みゆきさんが担当しており「新・地上の星」です。

みなさん、懐かしいと感じたのではないでしょうか。

主題歌を歌う中島みゆきさんは、1975年のデビューから40年以上、「糸」「時代」「ファイト!」 誰しもが一度は耳にしたことのある名曲を生み出した歌姫で、その歌声と詩世界は時代を超えて愛され続けています。
メディアへの登場が少なく謎が多いとされている中島みゆきさんなので、結婚、引退、病気、現在の活動など、中島みゆきさんの素顔に迫り、歌姫の秘められた物語を探っていきましょう。



中島みゆきの夫と結婚にまつわる噂の真相

中島みゆきは結婚しているのか?

「中島みゆき 結婚」と検索すると【中島みゆき 結婚 歌詞】がトップにあがってきます。

プライベートの結婚問題は…
中島みゆきさんは結婚していないようです。
彼女の過去には恋愛や結婚の噂がありましたが、公には発表されていないようです。
彼女のプライベートに関する情報は限られており、過去の恋愛や噂についても本人からのコメントはないため、真相はわかりません。

中島みゆきの夫の真相は?

あまりにも私生活が知られていないので、詐欺事件が2008年におきました。
大阪で中島みゆきの夫を名乗って不動産会社に近づき、商談の交通費名目で現金をだまし取った容疑で男性が逮捕されたのですが、容疑者は中島みゆきの夫を名乗り、2005年から2008年にかけて近畿地方で同様の手口で計22件で約20万円をだまし取っていたということです。
詳しくは日刊スポーツさんのこちらに掲載されています「中島みゆきの夫」と71歳男が詐欺で逮捕

 



中島みゆきはもう引退したの?

引退はしておりません!

2020年1月12日にスタートした「中島みゆき ラスト・ツアー『結果オーライ』」が、新型コロナウイルスの影響で、2月からのツアーが中止になり、8月の振替公演もキャンセルされました。
さらに、通常、彼女は3年先までの活動計画を立てるタイプなのに、今後の音楽活動も具体的な計画がない状態でした。
これは異例中の異例だ!と彼女の関係者は「ひょっとしたら、このまま引退の可能性も?」と気を揉む毎日だということが週刊誌等に掲載され、「中島みゆき引退説」がネット等で話題になりましたが、引退を表明したわけではなく、その間も創作活動等はしておりました

 


中島みゆきは病気なの?

中島みゆきさんの病気説は、根拠がないようです。
近隣住民の目撃情報によると、日常生活に支障はなく、元気な様子が確認されています。

2014年まで同居していた母親が病気療養中、中島みゆきさんは介護を行っていました。
母親は2014年に亡くなりましたが、中島みゆきさんの体調に問題は無いと考えられています。

中島みゆきさんと母親は非常に仲が良く、一番の理解者であり、味方であったとのことです。



中島みゆきの現在は何をしているの?

中島みゆきコンサートツアー

中島みゆきさんは2024年1月19日(金)~5月31日(金)の期間
中島みゆきコンサート「歌会 VOL.1」のツアーを16公演も開催しています。

「歌会VOL.1」中島みゆきコンサート、セトリ、初日ライブレポ!チケットについて
こんにちわHANAです。 2024年1月19日(金)、いよいよ始まりました! 初日の超プレミアなコンサートに行った知人からライブレポが届いたのでお届けしますね。

中島みゆき リリース

2023年9月13日
岡田麿里監督最新作『アリスとテレスのまぼろし工場』の主題歌シングル『心音(しんおん)』発売

中島みゆき サブスク配信解禁

2023年9月、「早くサブスクを!」の声に応えて「心音(しんおん)」、カップリングの「有謬(うびゅう)の者共(ものども)」、人気ドラマ『PICU小児集中治療室』主題歌「俱(とも)に」の3曲がサブスク配信スタートしました。

中島みゆき TV放送

2023年にはNHK SONGS「中島みゆきの主題歌ヒストリー」特集がありました。

2024年には、NHKで3月28日(木) に放送された
NHK MUSIC SPESIAL 中島みゆき特集が大好評でしたので再放送が決定!!

4月13日(土) AM8:15~AM8:59 NHK総合  詳しくはこちら



中島みゆきの生い立ちと音楽活動の始まり

北海道札幌市で生まれ、幼少期を岩内と帯広で過ごした中島みゆきさんは、学生時代から音楽活動に情熱を注ぎました。

帯広柏葉高校卒業後、藤女子大学文学部国文学科に進学した彼女は、高校3年の文化祭でオリジナル曲「鶫の唄」(つぐみのうた)を初披露し、その才能を開花させます。
大学時代は放送研究会に所属し、ローカルラジオ局でアルバイトをしながら、フォークソングコンテストに積極的に出場。「コンテスト荒らし」と呼ばれるほどの実績を残しました。

大学卒業後は帯広に戻り、家業を手伝いながら音楽活動を継続。
地元で多くのファンを獲得し、100曲以上のオリジナル曲を制作するなど、着実に力をつけていきました。
そして、その才能はついに開花し、1975年5月、財団法人ヤマハ音楽振興会の主催による『第9回ポピュラーソング・コンテスト』に「傷ついた翼」が入賞し、9月には「アザミ嬢のララバイ」でキャニオン・レコードからレコードデビューを果たすのです。



中島みゆきの弟は医者ですか?

中島みゆきさんは、父・母・弟の4人家族です。
幼いみゆきさんはご両親を『お父さま、お母さま』と呼んでいたそうです。

弟は医者なのか調べてみましたが、弟は一般人なので情報がありませんでした。

しかし父・眞一郎さんは北海道帝国大学医学部出身の産婦人科医で中島産婦人科院長だったのがわかりました。
しかし、デビュー直前の1975年9月、父親は51歳という若さで脳溢血で倒れ、意識を失ってしまいます。

中島みゆきさんは昏睡状態の父親のもと、同年10月に開催された「第10回ヤマハpopularコンテストつま恋本選回」に出場し「時代」を歌いグランプリを受賞します。さらに「第6回世界歌謡祭」でもグランプリに輝きました。

これらの快挙は、父親への想いが込められた楽曲に「音楽の力」があったからこそ成し遂げられたと言えるでしょう。

1976年1月、意識が戻らないまま父親は息を引き取ります。
中島みゆきさんは、後にインタビューで「その時家には10万円もなかったのよ」と語っており、世界歌謡祭でグランプリを受賞した際に渡された賞金の5,000ドル(当時1ドルは305円)は葬儀代に充てられたといいます。

この出来事は、中島みゆきさんの音楽に大きな影響を与えたことでしょう。
父親の死を乗り越え、彼女はその後も数々の名曲を生み出すシンガーソングライターとして活躍していきます。



中島みゆきの手形が浅草に設置されました

昭和54年から台東区の浅草公会堂前では、大衆芸能の功績を称えるため、手型とサインが収められた顕彰碑があります。これは観光名所としても知られています。

今年度の「スターの手型」被顕彰者として、中島みゆきさん【シンガーソングライター】など5名が選ばれました。

他4名は、
・大竹 しのぶさん【女優】
・三遊亭 好楽さん【落語家】
・五代目 中村雀右衛門 【歌舞伎俳優】
・三代目 林家 正楽 【紙切り】

5名の手型は、令和6年3月16日(土曜日)の顕彰式に合わせて、浅草公会堂前のオレンジ通り花壇上に設置されます

中島みゆきプロフィール

台東区が令和5年度被顕彰者として紹介していたサイトでの中島みゆきさんのプロフィールです

中島みゆき…シンガーソングライター
1975年、「アザミ嬢のララバイ」でデビュー。
同年、「時代」で世界歌謡祭グランプリを受賞。
1976年、アルバム「私の声が聞こえますか」をリリース。
現在までにオリジナル・アルバム44作品、シングル48作品をリリース
1977年、「わかれうた」でシングルチャート1位を獲得。
以降、1970年代、80年代、90年代、2000年代と4つの世代(decade)でシングルチャート1位獲得。これは、女性アーティストでは、中島みゆき、ただ一人である。
アルバム、ビデオ、コンサート、夜会、ラジオパーソナリティ、TV・映画、舞台のテーマソング、楽曲提供、小説・詩集・エッセイなどの執筆と、幅広く活動している。
≪主な受賞歴 等≫
1998年文化庁第22期国語審議会委員
2006年芸術選奨文部科学大臣賞
2009 年紫綬褒章

引用:台東区のサイトより






まとめ

中島みゆきさんは、72歳になった現在も精力的に創作活動を行っています。

【時代が「中島みゆきの歌」を求めている】というキャッチフレーズはその通りで、歌会のコンサートのチケットは入手困難なプラチナチケットとなっております。
一度は中島みゆきさんのコンサートを見てみたいという方が多いようです。

今後も歌姫の歌声と詩世界は、多くの人々に感動を与え続けるでしょう。

 

 

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